お守り・縁結び・玉の輿・安産の大福寺  【臨済宗東福寺派・愛媛県四国中央市】

宗教法人 大福寺

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徒然日記

大福寺の弟子達

大福寺は雑誌などで紹介されました。

 

愛媛県四国中央市
土居町北野580
TEL:0896-74-3037

 

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ようこそ、大福寺へ

大福寺は四国の真ん中で、愛媛県四国中央市にあります。
もとは宇摩郡といいました。

古く奈良・律令時代に定められた地域の名前です。
四国といえば、弘法大師空海の御足跡を巡るお参りの聖地でございます。

 

大福寺は臨済宗の寺院です

拙寺は聖一国師様の法脈を今に伝える臨済宗の寺院です。
聖一国師様といえば、中国で修行され日本にお茶の木を持って帰られました。
ご出身地の静岡県はお茶の一大産地となっています。
それと共に、製麺の石臼を設計された方で、日本で始めて国師号を持たれた方でもあります。

入宋の折、片目を失明されましたが、苦難に負けず日本に臨済の教えを広められました。

現在の日本の暮らしに残る、喫茶・玄関色々な言葉や多くの文化の源流でもあります。

 

お作様 -大福寺ゆかりの女性-

お作様 -大福寺ゆかりの女性-

 

西条藩主松平頼致が八日市で休息したとき、井戸水を差し上げた彼女の気品ある振る舞いを気に入られ側室に。 その後、頼致が紀州55万石6代藩主中納言徳川左京太夫宗直に大出世。

正妻を持たなかった宗直はお作との間に直松(のち7代宗将となる)をもうけ、お作はお部屋さま「永隆院」となりました。

郷里の田地を周辺から買い集め、徳米10国を北野 大福寺に寄贈しました。

少しも高ぶることなく、家臣の下々まで気を配る庶民的な人柄が誰からも愛されました。

 

お作様の父上 -服部幸左衛門殿-

お作様の父上 -服部幸左衛門殿-

 

服部幸左衛門殿は、元西条藩の一柳家の家臣でありました。
一柳家が現在の兵庫県三木市に転封されたあとも、土居に残り定住しました。

その様な中でお作様が生まれました。
親子の縁が薄かったのか、お作様が七歳の時に亡くなりました。
御命日は8月24日です。